チェーホフの「かもめ」を読んで

お疲れ様です、トロワルです。従兄弟がチェーホフの「かもめ」を演じると聞いて、公演を見に行く前に青空文庫で読んでみました。

内容は、、、古いお話にネタバレもなにもないのでザックリいうと、

①さる田舎に文士を目指す若い男と、その恋中で舞台役者としての才能がある若い女がいて、男が主体となって舞台を興そうとするも失敗。


②売れっ子作家の男性がやってきて、その女とが恋に落ち、若い男を捨てて逃避行。

③逃避行もうまくいかず、元サヤに戻ることもできなかった女は、更に別の男性と結婚。しかし、舞台役者としてもなかなかうまくいかずイライラする日々を送る。対して若い男はベストセラー作家となるも、ふられた女の事を思っている。

④女は絶望して、若い男のもとに飛び込む。若い男は、彼女が戻ってきたと喜んだぁ、女は逃避行をした男性と近づきたかっただけだと気付き、若い男はピストルで自殺する。


めでたしめでたし。


・・・・・・・・・全然めでたくねぇぞ、これ。


しかもこれ、喜劇なんだそうです。どういうことやねん。人の不幸は笑えるから、それが喜劇ってことか? 


いや、でもこういう風にモヤモヤした気持ちを観客に起こさせる、っていう点においては、群像劇として成功しているんでしょう。感情移入して、揺り動かされている証拠ですからね。


これが古典だっていうんだから、古い時代から男も女も変わってねぇなと。相手のために心身を投げ打つことも、そういった思いを投げ打ってでもリビドーに忠実に生きることも。そして、その結果がピストル自殺? 笑わせてくれるじゃねぇか。

男視点で見たとき、クズな女に振り回されて可哀想だと感じ、女目線で見たとき、幸せになろうと足掻いて転落していく女が可哀想だと感じるのでしょうか。そして僕は思いました。幸せを求めようとした時点で、絶望は始まっているのだと。お金持ちになったり、名声を得たり。そういう幸せは、誰かをそれ以上に絶望に突き落とすのだと。


劇中に出てくるカモメの死骸は、同じように絶望してきた人間達の心です。あなたも私も、誰も彼も絶望しています。絶望から逃れる方法は、本当にピストル自殺だけでしょうか?