「誰かを傷つけることは仕方ない」という奴に合わせる必要は全くないという話

ちょっとタイトル長かったかしら。トロワルです。最近は、新宿ですれ違いざまにぶたれて痣が出来たり、ストロングジェットバスに股間を当て続けるおっさんに出くわしたり、BARで飲んでたら青唐辛子の商人と意気投合して青唐辛子を食べてお腹を壊したり、いつも通りの日々を送っております。

そういえば、コミティアに参加しましたね。友人のスペースのお手伝いだったのですが、ふと思い立ってオルゴールCDを作って配布してました。

いや、そんなことより表題です。最近よく考えることなんですが、人が人といるってことは難しくて、結果的に誰かが傷ついてしまうことはよくあることなのかもしれません。だけどね、それを仕方ないことだと、傷付いた側も、傷付けた側も諦めたりしちゃいけないのよ。
誰かを傷付けたことによって得られる平穏は嘘っぱちで、人間が沢山生きているからリセットされたように思えるだけで、人を傷付けた上で成り立つ幸せって言ってみれば、路上のホームレスを見ないようにしてるのと同じことですわ。それに慣れきってしまう人間が、一番怖いね。



そんでもって、たとえ傷付いてしまったとしても、ずっと傷ついたままじゃいけねぇのよ。悪意のある人間を受け入れるでもなく、仕方ないという心に支配されるでもなく、そーゆー生温い生き方してる奴はほっといて、自分の心の根っこにある気持ちを大事に生きればいいと思うのよ。

仕方ないって言って諦めるより、やることあるでしょう? それでもお手上げなら、誰かに泣いてすがればいい。そっちのほうがよっぽど人間らしいぜ?(。-_-。)b