ジョハリの窓は理解し難い

ジョハリの窓ってご存知ですかね?  人間には四つの窓があって、

1.自分にも他人にも見えている自分
2.自分からは見えず、他人には見えている自分
3.他人には見えないが、自分には見えている自分
4.他人にも、自分にも見えていない自分


こういう理解をもってして、自己覚知・・・・・・まぁ自分を知るのに活用して下さいっていう概念、考え方のことを「ジョハリの窓」って言うんです。この四つの自分を、2×2の表グラフのように配置するわけですな。



んで、ですね。なんだかこの表を見たときに、以前は「ふーんなるほどなー」とか「ふむふむ」とか思ってたんだけど、今改めてこの表見ると、なんだか違和感があるんですよね。


違和感その1。他人という括りが雑。

自分と比べると、まぁ圧倒的に他人の方が人数は多いです。ですが、その中にもランクがあるんですよね。親しい人と一回会っただけの人、その人その人によって見える自分って違うじゃないですか。そこを一緒くたにしてしまう危険性があると思いました。


違和感その2。僕には五つ目の窓がある。

この、ジョハリの窓はいってみれば圧倒的なまでの、個人にフォーカスをあてた考え方なんです。だから、五つ目の窓の存在を感知できない。僕が持っている窓の名前は、集合的無意識です。誰も意識していないけど、共通して根底にあるもの、です。


違和感その3。僕には六つ目の窓もある。

集合的無意識の中には、この人としか通じ合えない、絆と表現するしかないものがあります。個別的集合的無意識とでもいいますか。ない人、感じない人もいますが、確かにあるものです。


ユグドラシルの木にも、反転図式みたいなのあるじゃないですか。ひょっとしたら、ジョハリの窓にも似たことが起こりえるのかもしれないです。つまり・・・・・・窓は全部で8個存在する?