少子高齢化社会はどのように回復に向かうのか。

 最近ちょっと思ったことなんですが、今日本でアベノミクスで経済成長云々言ってても結局働き盛りの人口増えなきゃ成長もクソもないわけで、高齢者だってわんさか増えるわけだしどげんかせんといかんわけですよ、真面目な話。ざっくり言って、日本の企業がどれだけ利益をあげようが、そこで働いてる人達が日本人じゃなかったらなんら意味ないわけで。

 

 あぁ、働かなくても勝手にお金が増えて(不労所得)それで例え物質的には豊かでなくとも心は豊かでありたいなぁとか淡い妄想を抱きつつも、妄想に逃げてる場合じゃないくらい大ピンチなわけですこの国は。医療や福祉の分野も重点におきつつ、教育も決して疎かにしてはならない。だがしかし、なにより子どもが少ないわけですよ。そしてこれからも少なくなるんです。あからさまに。

 

 そしたら、今後どんな未来が展開されるのか。やっぱり生きとし生けるもの代表の僕としてはそういう部分、気になるじゃないですか。ねぇ、そうでしょそこのあなたも。僕個人的には、氏賀Y太先生の『ゆめいろハンバーグ』みたいな展開が一番理想だと思うんですが、倫理的にアボーンなわけでそれとは違う未来を予想しなくてはいけないわけです。あぁ、卑しいな。んなもんで、未来予想図。

 

1、高齢者層がいなくなってからが本当の始まり。

 別に、高齢者ディスってるわけでもないのでよく聞いてください。生きてる限り、死は避けられないものです。医療の分野が発展すると長生きするかもしれませんが、そんなことはともかくまず考えてみてください。今の日本社会で少子高齢化社会が問題とされていても、100年も経てば今生きている人はほとんど全員死んでるんですよ。今の高齢者層がいなくなる、っていうのはその前段階です。その頃には、超少数精鋭の子ども達は働き盛りの年齢でしょ。ここを超えれば、未来は明るいです。

 

2、社会福祉でいうところの、インフォーマルな社会資源は成り立たない。

 特に都会は無理だね。人と人との関係性が希薄過ぎる。そりゃまぁ災害みたいな緊急事態では助け合うことがあると思うんだけど、例えば孤独死とか家庭内暴力とかには距離を置くでしょう? 公的な機関はなにやってるんだって騒ぐだけ騒いで自分は傍観者決め込むんでしょう? 

 インフォーマルな社会資源がもし成り立つとすれば、まずは住んでいる土地に対して愛着を持つところから始めないといけないと思うんだ。その土地を愛する者同士が、その土地をより活性化したいという共通理念をもってして、そこから助け合う関係性が生まれると思うの。それなのに国は金がないからってひたすらインフォーマルが大切っていって、無理があるのは全員わかってると思うぞ。現場にいる人は特に。そのうち都心は巨大な老人ホームになると思います。

 

3、ワリを食うのは多分僕らの年代。

 いやー、相当過酷になると思うよ。輸入品は高騰、交通費も嵩めば流通コストも増えて採算取れなきゃ漁船も出せないわ食い物の値段はガン上がりの上に給料は限界ギリギリをオーバーし、税金はもっとあげなきゃ国はもたないし。今の内に覚悟を決めておこうぜ。そして、意地でも笑え。未来の子ども達のために、 ここで誰かが踏ん張らなきゃいけない、なぁそうだろ?