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他人に植えつけられている価値観について

どうも、おはようございます。トロワルです。突然ですが、なんで会話をする時とか話を切り出す時に、まず「挨拶」から入るんでしょうね。


世の中には、色んな価値観があります。今の自分が当たり前だと思っていることのうち、一体どれだけの事柄が他人から植えつけられたものなんでしょうかと、ふと考えます。


当たり前のことを当たり前に当たり前だと思っている人には、こういう感覚ってわからないのかもしれません。ただ、「常識的に考えて」の常識って、人それぞれが生きていく中で身につけた常識ですよね。


そういうのを「常識だから」の一言で片付けるのではなく、ちゃんと自分の言葉として話せていますか?  


もうちょっと深めに言ってみましょう。
自分に自信がありますか?


思考停止になるのではなく、もっともっと考えを深化させていき、表面上の会話ではなく、本当の意味で対話をできたらなと思う今日この頃です。

太陽がまぶしかったから大岡山でリアル「だがしかし」

どうも、トロワルです。突然ですが引っ越ししました。場所は目黒区の大岡山。駅前に商店街があったり、ライブハウスがあったり(ピークワンの皆様お世話になってます)大学が幾つかあったり、自由が丘に徒歩で行けたりと、過ごしやすいことこの上ないのですが、まさか昔ながらの駄菓子屋さんが残ってるのは思わなかったです。


入り口には手書きの張り紙で「やってます」というやる気のない文字。最初はなんのお店かと思ったら、入り口横に数台のガチャガチャ。もしやと思い少し覗き込むと、まさかの10円で出来るコイン飛ばしゲームを発見!これはもう確定だろと、そのまま「ごめんくださいー」と飛び込みました。


あ、外の写真も中の写真も撮ってないです。お店のお婆ちゃんがあんまりいい顔しないと思ったので。その代わり、戦利品をぺたり。


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いやー、駄菓子屋で300円も使うだなんて、もうブルジョワじゃないですか、ブルジョワ。聞けば近所には小学校やら幼稚園やらもあって、子どもは良く来るとのこと。いやー、いいなー。素敵だなー。そして、聞いて下さい。きなこ棒がまさかの4連続当たりです。1本、きなこ棒が固すぎて爪楊枝折れちゃいました。本当はその場で捨てなきゃいけないんですが、記念に持って帰らせてもらいました。


「それ、また使っちゃダメだよ?」
ってお婆ちゃんに釘を刺され
「いやいや、さすがにしませんよー」
「子ども達はよくやるのよ」
「あぁー、家の爪楊枝にマジックで塗ったりとかね」
「そう、でも若干色が違うからすぐバレるのよー」


やべぇ、超楽しいです。お婆ちゃんに勧められて、とんこつラーメンも買っちゃいました。商売上手だなー(。-_-。)当たり付きのヤツは会社の同僚とかに配るつもりです。

 
今度は、子どもがいそうな時間帯に行ってみたいですねー。


あ、そうだ。お会計の時お婆ちゃんが取り出したのが、ねんきのはいった年季の入ったソロバンで、これもまたグッと来ました。大岡山でリアル「だがしかし」、楽しかったです。


日本の介護業界の問題点は、介護が肉体労働だってことです。

ヤフーニュースで「障害女性の生きづらさ」という記事を読んだのですが、同性介助がされていない実態や配慮の無さが取り上げられている中、ふとコメント欄を見ると「体力的筋力的に男手が必要なのは仕方がない」という残念なコメントで溢れかえっていて、少しだけ語りたくなりました。



仕事としての介護は「肉体労働」「人手不足」「低賃金」と多くの改善点を抱えています。でも一番の問題は、これらの問題が障害となって、障がい者が自分らしく生きていくことの権利を邪魔することなんです。言ってしまえば「体力的筋力的に男手が必要なのは仕方がない」という意識自体が、障がい者のバリアとなっているわけです。


障がい者、という表現は「障がいを持っている人」「障がいのある人」と理解されがちですが、それは違います。障がい者にとっては「ちょっとした段差」や「介護業界の現状」や「健常者の意識(健常、という表現も含め)」こそが障害なのです。


話を本筋に戻すと、介護における「肉体労働」は、機械を導入することで軽減することが可能です。既に海外では導入されてますし、試しに一度「介護 リフト」でググってみて下さい。日本の介護はマンパワーに頼りっきりなので、こんなものもあるのかってビックリしますよ。


しかしながら、そうした設備を現場に導入するにはやはり資金が必要で、そのためにお金を出すのは難しい、というのもやはり現状としてあるわけです。「必要性は重々承知しているが、家族などの自助努力やボランティアなどの社会資源を活用して欲しい」と国はいい、ご家族への負担も増えていくばかり。本当に、頑張っていらっしゃるご家族の方には頭が下がります。


この社会は資本主義社会ですから、大抵の物事はお金によって解決できてしまいます。だからといって、障がいの種類や程度など大きく幅のある「障がい者」という表現の中で、皆が一定以上の賃金を稼ぐ方法を見つけ出すのは難しい(マネタイズすることは可能かも)。


だから、もし何かを変えられるとしたら、それは「肉体労働」という価値観ではないかなと思うのです。かなり無茶を言っているかもしれませんが、例えば盲導犬盲導犬が行っていることは「肉体労働」でしょうか。訓練を受け、障がい者の目となる盲導犬は単なる道具ではなく、良きパートナーです。


勿論、仕事としての介護が必要なことも重々承知してます。ただ、介助者と利用者という単なる物質的な関係ではなく、精神的な繋がり、信頼関係があって欲しい。そしてもっといえば、そういう信頼関係が赤の他人とも繋がって欲しいと思うんです。


例えば、高い棚の上に取りたくても取れないものがあった時、それに気がついた誰かが声をかけてそれを取ってくれる。ものを落とした時「落としましたよ」と声をかけてくれる。それは決して「労働」ではなくて「善意」もしくは「思いやり」もしくは「当たり前のこと」だと思います。


みんな、自分のことで精一杯で他人を見ようとしないからこそ、他人を見ることができる人は貴重です。僕は案外、障がい者の方が他人を見る目があるんじゃないかなと感じてます。


ちょっと語りすぎましたので黙ります。




新作スターウォーズのコレジャナイ感5つの理由

今更ながらスターウォーズエピソード7を観てきまして。面白かった・・・んだけど、なんか消化不良というかコレジャナイ感があったので、その理由を五つにまとめてみました。


1.ストームトルーパーがアップル製品みたいでコレジャナイ。

なんか、お前ら丸くね? 初っ端から違和感があった部分です。
いやー僕、ボバフェットのアーマーが大好きなんだけどさ、あの武骨なデザインが大好きなのに、どうしてその派生系のお前らはそんなに丸くなったの? ファーストオーダーが新しい組織だから? どう考えてもアップル製品みたいだし、変なゴテゴテメタリックな進化タイプも出てくるし、もうお前らのことはアップルトルーパーと呼ぶわ。

2.主人公達の三角関係がコレジャナイ。

スターウォーズと言えば三角関係、なんですよ。ここテストに出ます。456ならルーク・レイア・ハンソロ、123ならパドメ・アナキン・オビワン。ルーカスがスターウォーズを作る際に意識してたアーサー王伝説だって、アーサーとランスロットとギネヴィアの三角関係なんですよ。なのに新作のメイン3人は、三角関係どころか3人で一緒に居たことすらない。最後に全員揃ったかと思えば一人は寝たまんまだし。お前らもっと恋愛しろ。

3.ダースベイダーポジションがコレジャナイ。

なんといってもカイロレン。君さ、マジで仮面外しすぎだよ。そんなにポンポン外してるから一番盛り上がるライトセーバーでの対決シーンだって仮面外したまんまになっちゃったじゃん。いやさ、迷いがあるのは素敵だと思うし、暗黒面の誘惑があったルークに対して光の誘惑があるカイロレン、この対比はかなり魅力的だと思ったんだよ? でもさ、男が仮面を外して素顔を見せる時っていうのは、子供が生まれた時と、親が死んだ時だけなんだよ!  ・・・・・・あ、でもそういう意味ではあってるかもな。

4.惑星での生活感がコレジャナイ。

ほら、スターウォーズの魅力って一杯あるけどさ、その一個が惑星惑星での生活感だと思うのよ。どの惑星でもそこで生き物が生きて生活してるわけじゃない。それをさ、濃すぎるくらい作りこんであるのがスターウォーズだと思うのよ。それなのに、なんだよこのハリボテ感は。レイがいた場所の交易場?みたいな場所なんて、超スカスカでショッパイの。ストーリーも大事だけどさ、そういう些細な部分の緻密な作り込みも大事なんだよ。

5.ライトセーバー・フォースのコレジャナイ感。

あのな、そもそもなんで赤いライトセーバーはメラメラビリビリなってるんだよ。ライトセーバーのことをファイアーセーバーかなにかと勘違いしてない? ていうか、なんでレイは訓練した事ないのにフォース使いこなせるんだよ。才能だから、で片付けたらジェダイ評議会の皆が涙目だわ。既にカイロレンが涙目だったけど。ていうかそんだけミディクロリアンが高いなら、そんな子が生まれた時点でレイアかルークがフォースで何かしら感じるだろ?


まぁ逆にスターウォーズっぽいなって感じた部分もあったんだけどね。BB-8の可愛さとかXウィングでの空中戦とかレイのさりげないセクシーさとか。でも、そんなん結局、元ネタがおもろいからある程度面白くなるのは当たり前なんだよ。俺は新しいスターウォーズが見たかったんだよ。新作のスターウォーズが見たかったわけじゃなくてさ。公式が出した全力のオマージュ作品みたいな残念感でしたわ。




「なんとなく運動」を実施します

普段は通勤中とかにブログ書くんですが、今日は自宅(というか布団の上)でまったり書いてます。トロワルです。

今日、ふと思ったんだけど、皆何かと理由をつけたがりますよね。

〇〇だったからこうした、とか
〇〇になったのでこうします、とか。

合理化や正当化したところで結局やることが同じだったらいっそのこと全部

なんとなくこうした、とか
なんとなくこうしたくなった、とか。

もう理由を全部なんとなくにしちゃっていいんじゃないかと。ぱっと見だと、すげーテキトーな人間ですけどね。

行動していくための動機付けの必要なんてなくて、そもそも行動していくことこそが目的になる、って言ったら硬い言い方になりますけど、要するに何かを始めるのに高尚な理由なんて必要なくて、「好きだからこうしました」くらいの軽い気持ちでいいんじゃないかなと。

という意気込みで「なんとなく運動」(なんとなく、運動をするわけではない)実施します。理由は、なんとなくです。


今年の目標を上方修正

この前、今年の目標やテーマを「変」と掲げて、自分の意識だったり行動だったりを変えていこうと言っていたわけなんですが、

少しだけ具体性を増して、上半期のテーマは「自分に変化を」下半期は「他人にも変化を」にしていこうと思います。自分が変わることで他人にも影響が出ると思うので、それをどこまで実践していけるか、、、って感じです。

ひとまず現時点(1月中)での「変」ですが

・引っ越しして一人暮らしします
・創作活動をしていきます(M3申し込みました)
・デザインもやっていきます(CDジャケット・サークルロゴ・名刺作りました)
・料理の練習してます(得意料理はカップラーメンでした)
・職場での担務が変わります

2月の予定ですが
・CD作成
・生活基盤の安定
・飲み屋探索
・人がいる場に積極的に出る(コミュ障だけど)
・ついでにボイトレやるかも。


外食といいつつ食べるカップ麺は、不思議と美味しい

今日、賃貸物件の契約をしに行ったんですね。んで、普段あまり利用しない渋谷駅の山手線のホームに、「どん兵衛」を食べれるお店が出てたんですね。値段も220円で、まぁ妥当。

どーゆーもんなのかなーって気になって入ってみたら、店員さんはカップ麺にお湯入れて出すだけ。つまるところ、他人にカップ麺作ってもらって(お湯入れてもらって)食べるところだったわけですね。

なら家で食うわ、とも思ったんですが意外と他人と肩を並べて食うカップ麺っていうのも美味しくてですね、不思議な充足感に満たされたわけです。

途中で親子連れがやってきて「砂時計振って、砂を早く落とせば早く出来上がるんじゃない?」っていいつつ、一杯のかけ蕎麦(どん兵衛)を眺めている様を、僕もぼんやり眺めていたりして。

あまり、肩を並べて食べるイメージのないカップ麺だからこそ、逆説的に人の温もりを感じるという稀有な経験をしたのでした。